1986年卒 歯学部歯学科 
稲井 紀通先生

(農林水産省大臣官房秘書課診療所歯科)

水野先生、ご退職おめでとうございます。時機を逸した感もありますが、あらためてお祝いと心からの感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
35年ほど前になるのでしょうか、現役バリバリのアスリートでもあった先生が、受験を終えて、そこそこに疲れた医・歯学部の学生相手に体育の授業を担当される、そのギャップへの苦労がいかがなものか、想像に難くありません。クラブにおける熱いご指導は、スポーツマンたる性分(先生は書道も免許皆伝と、文武両道であることは言わずもがなです。)の顕れだったと理解しています。そのような先生のご指導をいただけた幸運には感謝しきれません。
「(稲井)こうですか?」「(先生)ちゃう、こうや!って」みたいな技術的なご指導から練習試合まで、指導というよりは、先輩と一緒に練習しているようだったと思います(写真は1981年頃の夏合宿です。前列左から2人目が先生。コーチというよりは、チームのエースみたいなオーラが出ていませんか?)。練習試合など、自分ではいつもマジだったつもりですが、6年間、勝たせていただいた記憶はありません。昼夜、休日を問わず、とにかく長い時間お付き合いいただきました。国府台での練習後には、近くのキクタ、タケノコ、外では筑波大学や全日本の合宿にまで連れて行っていただいたこともありました。試合、練習や見学においても、勝負にこだわる場面に数多く接する機会を与えていただいたことで、「頭を使う」ことを学んだのでしょう。技術的な進歩も大きかったと思いますが、思い返してみると、初級者の「勘」が、「anticipation」に近づいたのかなと、都合よく自己分析してみました。昨今の新型コロナ感染「予防」対策に通じるところもあるような気もします。「勘」に少し毛が生えただけの「anticipation」とやらを頼りに、目の前でチョロチョロと意味不明に動いている前衛に、長年付き合っていただいた天願先生には、少し場違いですが、感謝の気持ちを伝えたいと思います。我々2人を含めた同級生、さらに学年の近い部員一同は、水野先生を監督やコーチとして頼りながらも、チームメイト、チームリーダーのような存在としてご指導願いました。先生は宗像コーチ(エースを狙え)を理想に、との思いがあったかもしれませんが、私にとっては、ロベルト本郷(キャプテン翼)でしょうか、そういう思い出にしておきたいです。
長い間お疲れ様でした、また本当にありがとうございました。
稲井紀通

寄稿の機会を頂きましたことに厚く御礼申し上げます。

稲井 紀通先生
1981年夏合宿@南軽井沢(水野先生:前列左から2人目、筆者:中段左から7人目)

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